【映像演習1 映画】成果発表 講評コメント(2017)

[:ja]
短編作品上映会
日時:2017.7.25[火] 16:20開始(場所:AMC演習室)
講 師|長嶌寛幸(作曲家, サウンドデザイナー, 本学映像研究科教授) 加藤直輝(映画監督)
ゲスト|飯岡幸子(映像作家, 撮影) 大石三知子(脚本家) 山崎梓(編集)
「映像演習1 映画」の授業では、短編映画を制作します。学科、学年を問わず受講できる授業です。本授業を通して初めて撮影方法を学び、初めて映像編集に触れる学生も少なくありません。基本的にグループワークの映画制作は、企画段階から完成まで議論を重ねたトライ&エラーの連続ですが、毎年新鮮な作品が登場します。2017年度は51名の受講生のもと14作品が集まりました。授業最終日(2017.07.25)にその成果発表の場として上映会を開催。ここではその発表作品への各講評コメントを掲載致します(ゲスト講師からのコメントは順次アップ予定)
 


|総評|

今年度、まず感じたのは「見事なぐらい、作品の方向性がバラバラ」ということです。毎年、全作品を観ると各班で相談したわけでもないのに、何かしらの共通する方向性(例えば「ホラー」とか「ファンタジー」とか)がおぼろげに見えてきて「時代精神って、やっぱりこんな所でも出てくるんだなぁ」と思っていたのですが。

ですが、「構図、カット割り(特にスピード)にアニメ、漫画の影響が色濃く出ている」という「手法」は、今年度の「時代精神」と言っていいように思います。なおかつ「アニメ、漫画の実写化」という「リニアな変換」とは言いきれない「不思議な手触り」も感じました。この「手触り」が皆さんの「映像における『身体感覚』」なのではないかとも。

講評時の「新しい」という言葉は、皆さん、「えっ?」という感じだったと思いますが、その「自覚のなさ」が「新しさ」の所以だと思います。この「新しさ」がどこに向うかもわからず(図らずも、最初に書いたように「作品の方向性はバラバラ」)、今後、「どこ」に「どのような形」で着地するか(あるいはしないのか)どうかもわかりませんが、今回の「映像演習1 映画」での「体験」が皆さんの今後に「何かしらの変化」をもたらす可能性をもった15回の授業であったことを祈ります。

長嶌 寛幸

チラシで引用したアルトーは映画では苦労したようで、こんなことも書いている。

「映画はひどい職業です。表現したり制作したりするのを妨げる障害があまりにも多いのです。私が知っている監督たちは、取引や金銭面で起こってくる細々とした出来事に悩まされています」

これは現代でもさほど解決されていない。だが決定的に違うのは、彼が夢見た「直接的で素早い言語である映画」がこんなにも自然に作られてしまうということだ。今年はジャンルもテーマもバラバラだったが、映画≒映像におけるその全方位OKなスタンスが「新しい」のだと思う。

加藤 直輝


上映会の時にも言いましたが、どの作品も本当に面白かったです。撮影や編集そのものを発見しながら作られたような映像に、目を洗われた気がしました。

飯岡 幸子


|作品評|
01『しゃりしゃり山』

(長嶌)「藝祭のかき氷屋のPV用に」という、なかなかチャッカリした映像作品。「単なるPVじゃなくて映像作品としても面白いように」という私の課題はクリアできていると思う。この作品の構図、カット割りは本当にアニメの影響大。しかし、この「手慣れた感じ」はどこから来るのか。

(加藤)「しゃりしゃり山」の宣伝であるが、それと知らなければミュージックビデオでもある作品。参加者も多く企画会議もいろんな意見が出ていてどうなるかと思ったが、プレゼンで述べていた意図は達成できたのでは。シロップで氷が溶けていくカットはずっと見ていたかった。

(山崎)かき氷が食べたくなりました。サイズ違いのカットを重ねたことにより、疾走感がより生まれているなと思いました。途中まで女の子の顔が見えない演出も良かったです。

(飯岡)女の子が男に子に駆け寄るところ以降はぽーんと学校ではない海だか山だか広くて明るい別の場所にイメージを飛ばしたくなりますが、でもゆるゆるなシャボン玉のカットはなんだか魅力的でした。

02『滑稽なアイ』

(長嶌)16分の時代劇、大作である。この作品、一番評価すべきは「時代劇」という点ではなく(これはこれでもちろん凄いが)、最後に突然、舞台が現代に移り、いままでが一気にメタフィクション化されてしまうという点だろう。

(加藤)労力の掛かり具合が段違いであり、作り手の「これを撮る」という意思を強く感じさせる。時代劇、モノクロ、サイレント、ミュージカル、現代劇とごっちゃ混ぜでも作品として破綻しないのは、やはりその意思が持つ確信によるのだろう。合成のラフさとそれが後半のコズミック・サイケにつながるところが好き。

(山崎)授業内での作品とは思えない力作でびっくりしました。授業で色補正について聞かれましたが、全体のトーンを見るとかつらは「かつら」として存在してていいのではないのかなと思いました。合成も多く取り入れられていて、見応えがありました

(飯岡)出演の方たち皆さん上手い。美術・撮影・編集も、力を入れつつちゃんと面白がりながら(これは意外と忘れがちになるものなのです…)作っている感じがとてもよいなあと思いました。

03『夏』

(長嶌)殺しの記憶。断片的な映像(音響含む)の組み合わせ方が上手い。最初、台所で手を洗う時の蛇口からの水の音がワイルド。で、その後、ノンモン(無音)になるところで、一気に作品に引き込まれた。

(加藤)真昼の上野公園、挿入されるフラッシュバックと切り返されるたびに変化していく彼女の表情がよかった。もう戻れないという不可逆生がちゃんと出ていた。音楽を使わないのも潔い。 映画の暴力描写は大概大変だが、ディティールを詰めてリアリティを演出する方法もある。首と手に食い込む紐の跡、犯行後の紐の状態、抵抗の際の擦過傷、植物油ではなく灯油かガソリンなど。しかしこれは「どこ」に重みを置くかの話でもあり、今回はそこでないところで勝った。

(山崎)等速とスローモーションが混在していますが、使い方が上手いなと思いました。玄関で、喧嘩している2人(過去)と1人(現在)の同ポジの切り替わりも面白い効果が出てました。浴槽に移動する瞬間で終わっているので、その後どうなったのか気になりますね。。

(飯岡)タイトルにも繋がっている公園の天気の良さがとても効いてます。時間の交錯の見せ方も効いていました。

04『夢』

(長嶌)そのものズバリの内容。電車が「来た」、「来てない」と言い合う時、踏切を通過する電車の音と相まって、一種、異様な切迫感が。ノンモン(無音)の部分を何カ所か入れると、更に作品が締まると思う。

(加藤)夢の理不尽さがかなり出ている。あの狭い空間がよい。最初『弱ペダ』の舞台か何かが始まったのかと思ったが、アイマスクが出た時に「いや、何か別のバイやつだ」と認識した。「来てない、来てない」の焦り具合もよかった。

(山崎)凄まじくシュールな世界ですね。蚊取り線香の早回し、逆再生について授業中に聞かれていたので、うまくいったようでホッとしました。なぜか自転車を猛烈に漕いでいる人々がいるというとんでも世界が、最初のタイトルでネタバレしてしまっているような気がしましたがどうでしょうか?ラストにタイトルでも良かったかもしれないですね。

(飯岡)音が面白い。移動しない人物達(しかも広くない部屋の中)をカットを割って撮るのは難しいと思うのですが、撮影、編集のテンポも、作ろうとしているイメージに対してとても的確な印象を受けました。

05『CAN』

(長嶌)上手い、上手すぎる。なかなか撮影に入らず(技術的なテストで。それは上手くいかなかったようだけど)、入ったら入ったで100カット以上撮っていて、どうなることやらと心配していましたが、全く杞憂でした。完成度という点では、今年度ベストと言ってよいと思う。

(加藤)とても上手い。アクション主体で、的確なカット割とアングルで撮影されており、音楽とマッチした編集によって物語は滑らかに展開する。放り投げられ、転がり、スピンする空缶とペットボトルのカットもビシッと決まる。役者もいい。階段落ちもこなす熱演もあって「なまちゃ!」という呼び声が俺には聴こえた。

(山崎)面白く拝見しました。階段を転げ落ちるあたりでグッときましたが、よもやまさか、自動販売機の足元に150円落ちている「そんな馬鹿な展開」に笑ってしまいました。ところどころ、軽いディゾルブがあるので、缶が人間になる時には、他とは変化をつけてもう少し深いディゾルブ、もしくは何度か缶と人間を行き来をするとより人間化の表現になるかなと思いました。最後のダブルアクションで落胆を見せるのもいいですね。

(飯岡)主演男優賞。ひとつひとつのカットがとても明快でわかりやすく、シンプルな物語とアイデア、お芝居を、そのまま素直に楽しむことができる作品になっていました。

06『loop rook roof』

(長嶌)女の子達の夜から朝までの宴。取り立てて筋はない。しかし、映っている彼女達の顔がなんとも素直で伸びやかな感じがして、そこに「ドラマ」を観てしまう。最後のティルトアップ(下から上へカメラ・アングルを変える)のタイミングも良い。

(加藤)刻み生姜の量にただならぬものを感じだが、こういう展開になるとは。スローシャッターは光量ゆえかもしれないがシーンの内容と合っていていい効果が出ていた。最後、夜とともに曇天が「明けた」感じがよかった。

(山崎)最初のお料理のショット前に包丁の音をこぼすなど、音と音楽の配慮がお見事と思いました女の子たちのフワッしたピクニックもいい感じですね。主人公以外が白い服を着ているので、死後の世界なのかなと思いました。楽しい時間がループする天国なのか、後片付けを何度もしないといけない地獄なのかどっちでしょうかね?

(飯岡)撮ろうとしたイメージがかなり実現できているのでは。と思うと同時に、それからはみだしているのかもしれない女の子達の表情が、ふいに印象に残る作品でした。

07『植物』

(長嶌)深い青の壁がいい。後半、壁を離れてイメージが広がり、連鎖し、また壁の前に戻るのだが、作品としては壁から離れず、インサートとして、その後のイメージを入れた方がシャープだったのでは、と思う。後、この作品は4Kで観たいとも。特に布の生地の感じとか。

(加藤)青い壁に映える白、窓から吹き込む風など舞台装置がいい。包まれるカーテンの質感、横たわる女の俯瞰、花を食むヨリ、アニメーションなどヴィジュアルの強さが際立つが、植物の声もいい。バターがスーッと切れるのは気持ちいいですね。

(山崎)音の使い方が面白いですね。始終吹いている風や揺れてるカーテンがカットを切り替えないにもかかわらず、時間を埋めているように感じました。このまま定点なのかなと思いきや、花を切り落としてからの裏切るような展開の伸びが時間を感じさせませんでした。

(飯岡)明快で美しいセットに比べて、撮影については撮ろうとしたことと撮れていることの齟齬が、少しあったかもしれませんね。森を走るところが好きです。マヤ•デレンの映画を思い出しました。

08『理想な彼氏』

(長嶌)上映会で「ええっ~!」という驚愕の声が出た作品。スマホ主観で話が進むが、途中、大ネタが。その前の『サウンド・オブ・サイレンス』の使い方も秀逸。ラストの下りはもっと短くした方が作品の強度は高まったのでは、と思う。しかし、スマホ主観の編集の上手さといい、一本取られましたね。

(加藤)日常の切り取り方が「自然」。ゆえに適度に抑えられた流れの中、最後の屋上のカットの「起こってしまった」感じが際立つ。眼鏡の男がさりげなくだが確実に押しているところ、死体の足の曲がり方も素晴らしい。再び曲が流れるラストも酷薄さがあってよかった。

(山崎)プライベート動画のような生っぽさがとてもキャッチーですね。面白かったです。落ちるまでは日常の重なりなのに、不思議と全く飽きませんでした。被写体が良いのでしょうかね。never young beachの「お別れの歌」というPVを思い出しました。

(飯岡)ケータイで撮られた映像のよくある感というかいかにも感というかが、絶妙にするような逆に全然しないような。なんだかとても妙な感じでした。いや、とても面白かったのです。

09『yellow』

(長嶌)いや、若い。音楽のチョイスといい、キャラ、画面の色合いといい、愉しい感じ。しかし調べたのだが、キッコーマンの豆乳飲料には本当に「あの鳥」がいるのね。書いたんじゃないんだ。最後は笑ってしまった。

(加藤)基本的に撮影は大変だったはず。得体の知れない確信に突き動かされた勢いを感じた。やはり最後「豆乳にバナナ味があるのか」と思ったところに来る「どーん!」に尽きる。

(山崎)テーマがものすごくわかりやすいですよね。レモンのパートで染みが残ってるところに好感を持ちました。音楽と映像の盛り上がりもマッチして感じました。コマ撮り、お見事です。

(飯岡)間違いなくYELLOWでした。終始そうであるというのは意外と簡単なことではない気がします。この貫徹感で是非実写の作品も撮ってみては。

10『めうめう』

(長嶌)これは怖い。ナレーションは女性なのに、最初に顔が映る人物が男性であるという所からすでに不穏である。卵ご飯、食材(ミンチと野菜?)の執拗な撹拌、ドアスコープ越しの人物の「あの世から来たっぽい」顔(これは相当良い)など、相当なテンションの高さを感じる。諸星大二郎の『ユニコーン狩り』を思い出した。

(加藤)僕らの前の世代から綿々と続く「自主映画」な匂いがしてなんだか安心した。硬質な映像と柔らかいモノローグのコントラストが強烈。覗き穴のカットが素晴らしい。めうめうが何だったかより、結局卵かけご飯に醤油を垂らさなかったのかがとても気になった。

(山崎)始め、実は男の子がめうめうなのかなと思ったりもしましたが、実態が最後までわからないめうめう引っ張る。モノローグ主体の詩的世界、すごいですね。卵ご飯を作ったり、豆腐ハンバーグを練ったり、マニアックさを感じました。度々入る黒画面が良いメリハリになっていると思いました。

(飯岡)ドアスコープから覗く映像がこわいです。蛇口のカットもこわい。料理も。後半にぐぐっと持って行かれました。ナレーションの主でなく男の映像から始まるのもかなり奇妙ですね…。

11『桃太郎』

(長嶌)某清涼飲料水CMのパロディなのか。しかし、この「有りものでGO」な感じは潔くて気持ちがいい。しかし、編集があなどれないのだ。『デッドプール』のラップに合わせての編集なのだが、ビートの表だけではカットしていない。ちゃんと裏あり。なかなかこれはできない。

(加藤)岡倉天心もびっくりしてるんじゃないか。曲のグルーブと編集のリズムのミックスによってゆるいカットでも飽きずに見ることができる。個人的には犬と鳩の活躍を見たかった。この世界はマシュマロが通貨なんですね。

(山崎)全力でやりたいことをやっている感じがして面白かったです。鬼退治の時給が安かったので、思わず動画を巻き戻してしまいました。鳩が連れて行けないからインサートでという発想が潔さを感じつつ、たまに入る犬ショットややたらとテクニックを見せる戦闘シーンに底知れないセンスを感じました。

(飯岡)いろいろと雑な撮影なんですが、それが作品のテイストになっているのでなんだか大丈夫、どころかむしろ面白く見えるという。編集がすごく上手いです。

12『GREEN INVADER』

(長嶌)侵略者としての植物人。あまりに大きなテーマだが、世界観(大状況)をタイトル前に会話によって説明してしまうところ、上手い。物語(小状況)に入ると、異邦人同士のBoy meets Girlになるところも。映画的なドラマツルギーの積み重ね方がなぜだか出来ている。ラストの空をあおぎながらの植え込みを横移動で撮ったショットが不穏であり、切なく、そして美しい。

(加藤)クローズアップ。大写しにされる目が謎を孕み、手が力を持つ。切り返される視線と、触れあう手の2ショットで物語は語ることができる。映画のマジックだ。作り手はそれに掛け、成功していると思う。

(山崎)女の子、可愛かったです。教室でチラチラ入る人々の目線や、後ろをウロウロする足など奇異の目にさらされている様子が伝わってきました。女の子が迂闊すぎる様子がなんとも面白かったです。木々を移動ショットにして最後に二本の手が出るとこがとてもロマンチックでしたね。

(飯岡)登場人物と物語を丁寧に描こうとする撮影と編集がとてもよかったです。カットが積み重なって行って物語になるのだ、という感じが一番しました。

13『NOW LOADING』

(長嶌)映像と音響のグリッジ。ワンアイデアものかと思いきや、最後でドラマに。このオチを観て、再度観ると作品の「見え方」が変わるのが面白い。音の使い方も面白い。画面空間と音空間の「ズレ」が作品を更に立体的なものにしている。

(加藤)細切れにされ、反復されながらずらされる映像とノイズの使い方によってグリッチが映像のみならず現実を侵食したような不思議な感覚を覚えた。ホラーなどのジャンルから離れたところでやったのが勝因だと思う。

(山崎)エフェクトで変化をつけていて、一見単調な階段歩行も面白いものになってるなと思いました。途中の自転車に乗る女の子が急に現れたりする効果も、単調さを壊す感じがあって良かったです。主人公が入れ替わるという構成も3分無い短い時間の中でイメージ中心だけど、変化していく瞬間になっていて興味深かったです。

(飯岡)場所の使い方がいいです。撮影、編集についてはもう少し練れたかもしれません。そこの精度が上がると、出来事だけではない作品世界の印象みたいなものが、生まれるんではないでしょうか。

14『扇風機とわたし』

(長嶌)話を聞くとCMの企画案らしい。なんだろう、この隙のなさは。音楽のチョイス、音楽のタイングに合わせての物語の変化(扇風機が止まるタイミング、抜群)といい、唸ってしまう。一点だけ、ベットに座っている彼女がディゾルブ(オーバーラップ)で足はそのままの姿勢で横になるカットで「あっ、足だけになった!?」と一瞬、動揺してしまったのは、アングラ(死語)な私の性なのだろう。それぐらいの王道。

(加藤)白い女と男とのあいだのあと数cmと、黒い女と男との既に埋まっている近さとの差が絶妙。コピーにある「距離感」をうまく表現している。ちゃんと衣装を変えてるところも丁寧。

(山崎)カメラアングルと人物の切り取り方が的確ですね。迷うことなく、黒髪ボブの女の子の気持ちがうまく構成されてると思いました。美しく撮れてますね。扇風機のCMになりそうだなと思いつつ。


 

以上

2017年8月8日掲載

8月9日更新

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