長嶌寛幸先生(作曲家/サウンドデザイナー/東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻教授)より

質問への回答

========================

質問01. iPhoneで撮影する時、「サーッ」という音が入ってしまうのは何故でしょうか?

回答01. 実際にその音を聴いていないので確実なことは言えませんが、ノイズを除去するフリー(寄付歓迎ということです)ソフトウェアがあります。

https://osdn.jp/projects/audacity/

しかし、録音を重視しつつiPhoneを撮影用のカメラを使う場合、簡単なものでも外部マイクを使った方がベターだと思います。iPhoneにつなぐことができる安価なマイクも多数、存在します。一度、「iPhone用マイク」で検索してみてください。

========================

質問02. 個人的に映画館で観て良かったと思う作品と、(逆にスマホや家ではあまり観る気にならない)テレビやスマホで観ても映画館で観ても変わらないと思う作品があるのですが、それは完全に個人の好みであって、映画作品としての「善し悪し」とは関係ないのでしょうか?

回答 02. 画面サイズという点では「やはり、ある」というのが実感です。映画作品の中でもワイド・スクリーンのものの多くは「引きの絵」=カメラが被写体(人物、風景問わず)から、かなり距離を取った映像を多用しています。それを映画館で観るのとスマートホンで観るのとでは、受け取れる「情報量」は大いに異なります。

もちろん「作品」として、この「情報量」が「作品」の「善し悪し」にどこまで関わるのかが一番重要なポイントなのですが。(この辺は、授業での「経験」と「環境」の話に繋がると思います)

スクリーン・サイズについてはこれを参照してください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E9%9D%A2%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%AF%E3%83%88%E6%AF%94

========================

質問 03. 先生はどうして映画の音楽に関わり始めたのですか?

回答 03. 「偶然です」というと話が終わってしまうので、少しだけ説明します。授業でもほんの少しお話しましたが、私は10歳の時から「ノイズのようなもの」を作っていて、高校生の時にある映画監督にデモ・テープを送ったことから映画の世界との繋がりができました。その後、紆余曲折の連続ではありましたが・・・

しかし気がつくと今年50歳で、まだ似たようなというか、10歳の時とある意味変わらない「ノイズのようなもの」を作り続けています。「少年老い易く学成り難し」という言葉を実感する、今日この頃です。あまりきちんとした回答になっていませんが・・・

========================

質問 04. 「トーキーの後に音楽が消えた」といいますが、それは表現としてなのか、単に邪魔だったのですか?

回答 04. 時間が足りなくて言葉足らずでした。トーキー最初期は、映像と同時に録音した音声に後から音楽を重ねてミックス(オーバーダビング)する事が録音技術の問題で困難だったことも、もちろん理由として挙げられると思いますが、それよりも注目すべきは、当時の映画プロデューサーや監督達の間で「画面に存在しないオーケストラの音が聴こえて来るのはナンセンスである」という考え方が一般的だったという点です。トーキーになって、サイレント時代とは比較にならない「リアリティ」=「現実っぽさ」を獲得できたために、作り手も観客もこの「新しいリアリティ」に驚愕し、かつ従順に受け入れていたというのが実情だったのでは?と思います。

事実、トーキー最初期の映画音楽はオープニングに「バ〜ン」と音楽がかかって、ラストに再び(ラストは音楽がない場合も多い)というパターンが非常に多いです。いわゆる現代の感覚で言う「劇伴」が登場するのは1932年の『六百万交響楽』(音楽は、授業でチラっとお話したマックス・スタイナー)からだと言えるでしょう。

 

マックス・スタイナー

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC

========================

質問 05. 院の方でも、こういった具体的な話はされていますか?

回答 05. 選択科目「映像音楽論」(前期木曜1限。教室は馬車道校舎の大視聴覚室。横浜校地の1限は10時から)で「映像と音楽の関係」をテーマに話しています。

========================

質問 06. 初めてトーキーの演出を考えたのは誰ですか?

回答 06. う〜ん、これは難問ですね。「色々な監督が色々な手法で自分なりにトーキーという『映画における新しいリアリティ』のための演出術をトーキー用の撮影、録音技術の発達に呼応しながら身につけていった」というのが、凡庸ですが順等な回答になると思います。

ただ、アルフレッド・ヒッチコックは最初のトーキー作品『恐喝』から、すでにトーキーの特性を理解し、なおかつ「映像と音声がシンクロしないことで逆に効果がある場合がある」という「トーキーにおける音響のメタ効果」に気がついていたという点でずば抜けていた存在と言えるでしょう。

 

アルフレッド・ヒッチコック

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%B3%E3%83%83%E3%82%AF

========================

質問 07. 音楽のPVを初めて作ったのは誰ですか?

回答 07. ビートルズ、ボブ・ディラン、クイーンなどの諸説がありますが・・・ただ、いわゆる「PV」という認識(作り手、受け手含めて)は、1981年放送開始のMTV以降だと思います。

 

MTV

https://ja.wikipedia.org/wiki/MTV

 

これが第一回の最初。

 

で、一曲目がこれです。

 

単に「当時、流行っていた曲」というだけではない「意図」を感じます。「悪意」ではないと思うのですが、「時代は変わるんだぜぇ〜」という「意気込み」みたいなものはあったと思います。余談ですが、このPVの最後に出てくる巨大なMoogシンセサイザーをバックに立っているのはハリウッド映画音楽の巨匠、ハンス・ジマーの若かりし日の姿です。

 

サイレント映画に興味がわいた人へ

 

授業の感想を読ませてもらって「サイレント映画に興味を持った」という人が結構いたので、簡単ですが「サイレント映画入門編」を紹介します。興味がある人は下記のYouTubeのリンクを。で、面白かったら是非、DVDなどで。「映画館で」と言いたいところですが、なかなか上映の機会もないですし。まあ、これも授業の「体験」と「環境」話に繋がりますね。  長嶌寛幸

 

The Lumiere Brothers’ – First films (1895)

 

A Trip to the Moon – Georges Méliès (1902)

1902のSF映画!

 

The Birth of a Nation – D.W. Griffith (1915)

非常に反動的な映画ですが「20世紀の映画の映像文法」は、ほぼここにまとめて表現されています。しかし、KKKがヒーローとは・・・。

 

KKK

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3

 

Intolerance – D.W. Griffith (1916)

「不寛容」な「今」こそ観るべき映画だと思いますが・・・

 

The Cabinet of Dr. Caligari – Robert Wiene (1920)

表現主義映画の代表作品。

 

The Gold Rush – Charlie Chaplin (1925)

やはり、チャップリンは外せません。授業でも軽く触れましたが、チャップリンはなかなかトーキーに参入せず、チャップリンの初トーキー作品は1940年の『The Great Dictator』になります。

 

The Battleship Potemkin – Sergei Mikhailovich Eisenstein (1925)

https://www.youtube.com/watch?v=GmUef84ybXk

音楽はエドムンド・マイゼル版とショスタコービッチ版がありますが、これはショスタコービッチ版。(1970年代に旧ソ連で制作。誰が選曲、編集したかは残念ながら不明ですが、非常に優れた仕事だと思います。私はショスタコービッチ版の方が好みですね)「サイレント映画の究極」の一本。

 

Dr. Mabuse, der Spieler – Fritz Lang (1922)

初期「犯罪映画」の白眉。「ひょっとすると、今こそ世界はマブゼを希求しているのではないか?」という、あらぬ妄想がフト。(あくまで「妄想」です)

 

Metropolis – Fritz Lang (1927)

天才、フリッツ・ラングのSF。あらゆる点で傑作!

 

The Passion of Joan of Arc – Carl Theodor Dreyer (1928)

「顔」、「顔」、「顔」の映画。アントナン・アルトーも出演。

 

Un Chien andalou – Luis Buñuel (1928)

サルバドール・ダリとの共作。シュールレアリズム映画の傑作の1本。グロ表現ありなので、耐性のない人は要注意。

 

Entr’Acte – René Clair (1924)

エリック・サティのバレエ『本日休演』の第1幕と第2幕の間の「幕間」に上映された映画。出演はエリック・サティ、マルセル・デュシャン、マン・レイ、フランシス・ピカビアと、なんとまあ豪奢なことか!「映画」という「新しいおもちゃ」に戯れる20世紀初頭の天才芸術家達。

 

 

2016年5月24日